🇦🇷アルゼンチン旅行記 2025

2025年2月、私は約2週間にわたりアルゼンチンを訪れた。

今回の旅の目的は、南米の養蜂を自分の目で見てみたかったからだ。

滞在先は、アルゼンチンへ移住して
40年以上になる日本人養蜂家の玉井さんのもと。
玉井さんは若い頃に藤井養蜂場で修行した後、アルゼンチンへ渡り、現在も現地で生産した蜂蜜を日本へ出荷し続けている。

玉井さんが南米へ渡った頃は、まだ日本人の南米移住が比較的盛んな時代だったという。
東京農業大学の学生だった玉井さんは、南米移住サークルに所属し、学生時代から南米各地を旅したり、移住していく先輩たちを見送ったりしていたそうだ。成田空港で東京農大名物の「大根踊り」を披露して送り出したこともあったという。

正直なところ、最初は「なぜわざわざ南米へ移住したくなるのだろう」と不思議に思っていた。しかし当時は高度経済成長期の真っただ中で、今以上に競争が激しい時代だった。農家の場合は長男しか家業を継げないことも多く、自分の農業を実現したい若者にとって、広大な土地が広がる南米は大きな魅力だったのだろう。
そう考えると、多くの東京農大生が南米に憧れた理由も少し理解できる気がした。

玉井さん自身も、一度は会社員になったものの、その生活に違和感を覚え、わずか1年で退職。
南米移住の準備を始めたという。
その際、比較的少ない初期投資で安定した収入を得られる仕事として養蜂に着目し、技術を学ぶために弟子入りしたのが藤井養蜂場だった。

つまり玉井さんは、私にとって兄弟子にあたる存在である。

玉井さんとの最初の出会いは、私が藤井養蜂場で修行していた2年目のこと。北海道での作業現場だった。
その時に聞いた南米養蜂の話はとても印象的で、「いつかアルゼンチンへ行ってみたいですね」と話した記憶がある。

その後、修行を終えて独立し、気が付けば10年近い歳月が流れた。
昨年の夏、藤井養蜂場を訪れた際、偶然にも日本へ一時帰国していた玉井さんと再会する機会に恵まれた。
修行時代以来の再会だった。

その時も私は「いつかアルゼンチンへ行ってみたい」と話した。
しかし、修行中に語っていた頃とは状況が違う。今なら時間も何とか確保できるし、旅費も工面できる。
そして何より、「いつか行きたい」という
言葉を社交辞令のままで終わらせてしまうのはもったいないと思った。

そこで思い切って日程を押さえ、
「2週間ほど滞在させてください」と玉井さんにお願いした。

こうして、長年の憧れだったアルゼンチンへの旅が実現することになった。

つづく

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